市民目線で見た戦争~『This war of mine』をプレイしてみる
暑いですね。
お昼ご飯はざるそばー冷麺ー辛い冷麺のローテーションです。
韓国の大手スーパー・イーマートのプライベートブランド「ノーブランド」のざるそばが二人前2000₩なのにおいしくて気に入っています。薬味のネギがわさび風味なのが良いアイディアだと上から目線で感心してしまいました。
さて。今日はちょっと気になっていたポーランドの会社が作ったゲーム『This war of mine』の任天堂スイッチ版を二時間ほどプレイしてみた感想を…

このゲームはサバイバルものなのですが、一般市民が戦時下を生き抜く、というシリアスなものです。
血が出るとか、残酷な描写があるわけではないんですが、ある意味超残酷。

避難場所や学校、病院などの施設を回って食べ物や部品を調達し、それを使って料理したり、生きて行くために必要なものを作ります。
こう書いてしまうと極端な話『牧場物語』と系統が同じじゃないか!とも思うのですが、収集中に敵に会って命を落とすこともありますし、老夫婦が住む民家で収集してしまったりすると、罪悪感から登場人物がうつ病になったりもします。
うつ病の克服がコーヒーかタバコしかないというのが???でしたが…そこはゲームだから。
私は攻略法など何も知らない状態で始め、早々に自分で動かせる三人の男女のうち二人を亡くすという展開になってしまい、私が憂鬱に←苦笑
でも、戦争中を生きるってこういうことなのかなぁ…と考えさせられるゲームだし、何より市民目線での戦争サバイバルゲームってなかなかないので…
あとは、自分の平和ボケも痛感できます。
急な攻撃に備えて三人のうち誰かに警備を任せなければならないところをみんな疲れているだろうと思ってベッドで寝かせてしまい、強盗に遭ってケガをさせてしまったりもしました(私がゲーム下手なだけかも)。
私は韓国語設定で進めてますが、翻訳が機械っぽいのが玉に瑕。
直してあげたいくらいです。
あとはパソコン版の方がきっと操作は簡単だろうな…と思います。
あくまでサバイバルゲームなので、教育的な効果を期待するのはちょっと無理があるかなという気がしました。
でもまぁ、戦争を知らない世代が考えるきっかけになるのなら、こういうのもいいかも…?と思います。
8月に考えたいこと
核兵器の開発、実験、製造、備蓄、移譲、使用及び威嚇としての使用の禁止ならびにその廃絶に関する条約
こんな時だから
暑いです、韓国。
日本のニュースなどを見ていると日本よりは暑くないのかな? という気もしますが、キッチンに立つのが嫌ですね。
と言いながら昼ご飯に辛ラーメン食べてましたが。
さて。表現の不自由のこととか、色々考えてみたいことはいっぱいあるんですけど、その前に日韓情勢。どうなっているんでしょう。
今日は外務省から韓国のデモに気を付けるように(渡航制限ではもちろんなく、デモに近付くな、ということです)という情報も出ていて、色々考え込んでしまいました。
完全に私の個人的な意見ですが…
生活していて変わったことは何もありません。
ちょっと前と変化がないというエピソードなら色々あります。
つい二日前に以前購入した本棚を配達&組み立てに来たおじさんが「チコちゃんに叱られる」をつけていた私に日本語を教えてと言い、軽く教えてあげたとか。
急に知り合いが家に訪ねてきて、北海道行ったからと白い恋人くれるとか。
日本の商品置いてませんよ、って書いてあるお店に遭遇したことも実はありません。
ユニクロは確かに暇そうだけど、無印は閑古鳥という感じではない…まぁこれは店舗によりますかね。
ユニクロが経営難で大きな路面店が閉店したとニュースになりましたが、それも実はもう賃貸契約切れることがだいぶ前から決まっていた…という情報も韓国人の友人から教えてもらいました。韓国人も(全員ではもちろんなくても)ニュースのちょっと盛ってあるところは理性的に調べてカットしている人多いです。
この騒ぎに乗っかって変なことしてる人もいるとは思います。かなしいかな。
外務省の発表にも嘘はないと思います。
でも、海外に行けば週末にストやデモに遭遇することなんていっぱいあって、そんな集まりを遠ざけるのは当たり前のことです。
もちろん今回は「日本」と関係することなので、他のデモよりも警戒が必要かもしれません。
でもほとんどの参加者は「反日」デモではないということをしっかり表現しています。
その証拠が配達のおじさんの日本語への興味であり、友人との通常運転な交流だと思います。私に関して言えば翻訳の仕事も減っていません。
私が最近心が痛いのが、ここまで文化的に交流が進んで、言語の学習者も増えて、若者がたくさん行き来してお互い良いところを知ってこられたのに、それが一気に崩れてしまっているような取り上げられ方をしているということです。
積み重ねるにはものすごい時間が必要だったのに、崩れるのは一瞬です。
また、一度崩れると両国にルーツを持つ子供たちや、色んな事情や目的で日本に住む韓国人、韓国に住む日本人が肩身の狭い思いをすることになるのも、とっても悲しいことです。
日本にも政府のやり方に批判的な人がいるように(新宿で日韓合同のデモもあったとか)、韓国にも大統領や外相に批判的な人だってもちろんいるし、色んな考え方があり、両国の経済学者による冷静な分析結果だって探せばいくらでもあります。でもそれは日本で文大統領の記者会見のニュースだけを見たり、外務省の発表だけを見てたら見えてこないものです。
韓国を許すなだの、日本を叩けだの、その中に住んでいる人を無視して国を敵対視する、感情的な暴走になってしまいます。
見えてこないものは仕方がないですが、自分の感情に都合の良い情報だけを見ていると、後々取り返しのつかないことになります。
それが私が数カ月歴史的な転換点のような事件たちを調べてきた上で、「今」に対して感じる危機感です。
かといって悲観してばかりはいられません。
夏休みの今、多くの語学留学生が韓国に来ていることを留学会社などのツイートで見て知っていますし、文学やアニメ、音楽、そして個人の交流まで、根を張ったつながりがまだまだあります。
私も翻訳業という日韓の間に挟まる仕事をしているので、微々たるものではありますが、挟まり続けることで両国の「人」や「文化」単位の交流の役に立てればいいなと思います。
専門家ではないので、どっちが正しいとか言えませんが(専門家でも難しいでしょう)、
誰のための措置か?(誰が被害を被るか)、隣国とこんなドロドロになって良いことあるか? をもう一度考えた方がいいと思います。
備忘録その77 警官による黒人射殺を考える
備忘録その76 ポル・ポト政権が遺したもの
子供が見たクメール・ルージュ~『最初に父が殺された』~
ちょうどカンボジア、特にポル・ポト政権のことを調べている時にネットフリックスで見つけたこちらの映画。

ロン・ノル政権が倒れ、クメール・ルージュの支配が始まるプノンペンに暮らす、ルオンという7歳の少女の視点から描かれています。
彼女の父はロン・ノル政権下の軍部の大尉。
この情報だけで展開がわかりそうですが、この映画は誰が誰の味方とか、陰謀がどうとかではなく、あくまでルオンの視点から見たカンボジアが描かれています。
だから政治的な背景などはほとんど出て来ず、ただただ翻弄される子供たちにフォーカスされていて、歴史を学ぶ、というよりは間違った支配の怖さをストレートに伝えてくれます。
何も知らない状態でこの映画を観ると、きっとこの頃のカンボジアについて調べずにはいられなくなると思います。
※以下、物語の展開に触れています。
感想としては、だいぶキツかったです。
何度も一時停止して、深呼吸して、ちょっと観て…という感じでした。
露骨に残酷なシーンが多いわけではありません。
最初から全体的に「嫌な予感」しかしないんです。
恐らくその理由は「ルオンの視点」にあります。刻一刻と変わっていく自分の置かれる状況について大人からの細かい説明はありません。
それだけでなく、大人同士の会話も最低限しかありません。
「早くして」とか、「静かにしてて」、「大丈夫だから」などとしか言われません。
でも周りの空気が全く大丈夫じゃない。
その状況に観ているこっちが耐えられなくなるのです。
あとは、子供の順応性も観ていて辛いものがありました。
子供なのでどんな状況にも慣れ、ルオンは言われた通りの仕事や訓練を行います。
でも結局、空爆されるとそんな訓練はなんの役にも立たず、地雷だらけの森をただただ逃げるしかなくなります。
「新しいカンボジアを」と叫ぶけど、それって誰のためか考えたの?、と問いたくなります。
そういう虚しさや残酷さを伝えるという点では本当に良い映画だったと思います。
子供がメインになっている戦争映画もいくつか観てきましたが、私はかなり好き(というと言い方おかしいけど)なタイプでした。
女優のアンジェリーナ・ジョリーが監督した映画ということですが、すごい人ですね。
空から移動したり働いている市民を撮るようなカットがあるのですが、みんな同じ色に染めた服の効果もあって、大人も子供も関係なくアリのように見えたのが印象的でした。
備忘録その75 ポル・ポト政権へ
日経のこの記事…写真の中で市民が持っているプラカードは「No 日本」じゃなくて「No アベ」なんですけどね…絶対ハングル読める人社内にいるはずだし、調べたらすぐ出てくることなのにタイトル「反日」にしてしまうって…まずくないですか?
韓国国内の雰囲気も決して反日ではありませんよ…日本=安倍首相という意味なら反論できませんが。違いますよね?
記事のタイトルを見て、どうしても言わずにはいられませんでした。
はぁ、ちょっとすっきりした。
さて、いくらも休憩していない気がしますが、やっぱり休みすぎると復活できなくなりそうなので続けます。
参考にしたもの
世界史の窓(https://www.y-history.net/appendix/appendix-list.html)
最貧国と言われるマラウイで…『風をつかまえた少年』
映画がマイブームなのか、一日に一本観ようと躍起になってます。
飽き性なのでいつまで続くやら…
難しかったり内容が重かったりしてなかなか進まない小説を読んでいる時に映画に目がいったりするんですよね…
ちなみに今同時進行で読んでいる本のうちの一つがカミュの『ペスト』です。いつ読み終わるか見当もつきません笑
今回は『風をつかまえた少年』を観ました。日本では8月2日に公開になるそうなので、あまり詳しい内容は書きません。
実話ベースで、マラウイで雨が降らず、穀物が育たない時に手作りの風力発電機で村を助けた青年・ウィリアムの話です。
実際にあった話ですし、一人の少年の成功を描くものだということはタイトルやあらすじなどからもわかるのですが(ポスターにも未来を手に入れたって書いてありますね)、思ったよりも村が困窮していく過程などがちゃんと描かれていて観てよかったな、と思いました。
こうした一人の行動力と知識のある青年がいることで、国は変わるでしょうか。
もちろんある程度は変わるとは思います。本当に尊敬すべき行動だと思います。
でも、例えば言論の自由が与えられるとか、教育の充実などに辿りつくまではまだまだ課題はありそうです。
ウィリアムのお話に感動した一方で、食糧危機以外の国の問題も見えてきた映画でした。
困った時に農民が声をあげたらそれを聞き入れてくれる役所とか、助けを求められる政府や自治体がないと、根本的な解決に近付けないんじゃないかなぁ、と、良い映画を観ながらも悲観的になってしまいました。
女性が自転車に乗ることの意味~『少女は自転車に乗って』
休憩と言いながら、朝からサウジアラビアのことを調べていました。
ハイファ・アル=マンスール監督の『少女は自転車に乗って』というサウジアラビア映画を観たからです。

なんとなく観る前と前半は1997年のイラン映画『運動靴と赤い金魚』と似てるのかな?と思ったのですが…
観終わった後にはだいぶ違うことに気が付きました。
似てると思った理由は子供が何かが欲しくて一生懸命頑張る、という点だけだったのですが…観てみると『少女は自転車に乗って』は「子供」よりも「女性」が自転車を欲しがるという点が一番のポイントでした。
※以下多少物語の核心に触れます。
~ざっくりしたあらすじ~
10歳の少女・ワジダは男の子が乗っている自転車に憧れて、お金を貯めます。
母親からは女の子は自転車に乗らないと言われ、先生からは髪の毛をしっかり隠しなさいと怒られる日々です。お転婆で可愛らしいけど窮屈そう。
どうしても自転車を買いたいワジダは賞金が出るコーランの暗誦大会に出ることにする…というお話です。
ワジダは家を見る限りは裕福な方だと思います。母が外出するために運転手がいるくらい。相場がどんなものかはわかりませんが、家の広さや家具、母親の洋服などからも経済的に困ってはいなさそうです。
自転車も、買うお金がないわけではなく、単純に女の子は自転車に乗っちゃいけないという考えを母が持っているからです。きっと学校の先生たちも母親と同じ意見だったと思います。
問題はそういった「女はこう」という固定観念にあります。
男の子がいないことで父親が外に家族を作りに行くなどの会話があったりもしますしね…ただ、母もワジダも学校の先生たちも、強いです。
虐げられている感じではないんです。
弱い立場にあるし、ステレオタイプから抜け出すことは難しいけど、その中で生き生きとしているというか…だからワジダものびのびしてるんでしょうね。
だからこそ、余計に自転車に乗ってはいけない理由なんてないように思えてきます。
乗りたいし、乗れるエネルギーを持っている。
それが全体から感じられる映画でした。
この男尊女卑が宗教によるところが大きいというのは明らかですが、結局ワジダは宗教クラスに入り、コーランを暗誦するという手段で自転車を手に入れようとするところが興味深かったです。
今あるシステムから逃げるのではなく、その上に立ってから…というのがカッコいいというか。
そこまでワジダや制作側が考えたのかはわかりませんが。
その制作に携わった人々というのも、サウジアラビアでは革新的でした。
サウジ初の女性監督による映画で、しかも当時はサウジアラビアで映画館が禁止されていた状態でした(結婚式など以外の集会が禁止)。
この映画も撮影はサウジアラビアで行いましたが(映画館禁止だけど撮影しちゃうっていう意気込みがすごい)、上映はドバイで行われ、その後ヴェネチア国際映画祭に出品されて評価されました。
現在は映画館での上映が解禁され、男女同席もできるということです。
この映画が話題になったあと、女の子が自転車に乗ることも認められるようになったとか。映画や文学の力は侮れませんね。
あと、個人的に考えさせられたのは、低い地位にある女性は昔と変わらず家に縛られ、自転車に乗ることもままならないのに、男性は家で最新のテレビゲームをしていたり、現代の娯楽を享受している、ということ。
ゲームするなとは言わないけど、なんだか都合が良いなぁと思ってしまいました。